【1分でわかるミウラ#1】天才ガンディーニが創る美の革命!スーパーカーの時代を切り拓いた技術とは?
1960年代、自動車業界に衝撃を与えたランボルギーニ・ミウラ。美しいデザインと革新的な技術を兼ね備え、「スーパーカー」という新たなジャンルを切り拓いた車です。全3回となる本シリーズではミウラを「技術」「デザイン」「価値」の側面からご紹介します。

スーパーカーの象徴が生まれたワケ
第二次世界大戦の復興とともに自動車の生産台数が飛躍的に伸びた1960年代、自動車産業は大きな変革期を迎えていました。当時、圧倒的な存在感を誇っていた自動車メーカーは「フェラーリ」です。
カーコレクターでもあったランボルギーニ創業者のフェルッチオ・ランボルギーニ(1916 – 1993)は、所有していたフェラーリ車の扱いにくさに不満を抱き「もっと優れた車を作る」と決意して1963年に同社を設立。すでに確立された地位にいたフェラーリというブランド力に果敢に挑んで生まれたのが、ミウラなのです。
ミウラを「未来の車」にしたミッドシップ
1965年、トリノ・オートショーでシャシーのみのコンセプトモデル「TP400」を発表し、自動車業界に衝撃を与えました。それはV12エンジンを「横置きミッドシップ」で搭載していたからです。

当時、高性能車の多くはフロントエンジンを採用していましたが、ミウラはエンジンを車体中央に横向きに配置した上に、シャシー(自動車の骨格を形成するフレーム)を軽量化しました。この設計により重量バランスが最適化され、優れたハンドリング性能とダイレクトな操作感を実現。

また、搭載された3929ccのV型12気筒エンジンは、350馬力を発揮。滑らかな高回転性能が生み出す力強い加速感と独特の咆哮を響かせるエンジン音は、ドライバーに高揚感を与え、新しい走行体験を提供しました。


当時すでに公道用のミッドシップは市販されていましたが、どれも小型で、そもそも大排気量のV12エンジン自体を扱っているのはフェラーリかランボルギーニの二択という世界でした。つまり、ランボルギーニは設立後わずか数年でフェラーリと同じステージに立っていたということです。
そして、1966年のジュネーブ・モーターショーにてボディを架装した「ミウラP400」を発表します。想定以上のオーダーが殺到したため、翌年に市販車の製造を開始。こうしてミウラは、これまで開発が難しかったV 12エンジンを横置きミッドシップで搭載した初の市販車となり、一大センセーションを巻き起こしたのです。
#2では、名車として歴史に名を残すことに貢献したデザインについてご紹介します。
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AND OWNERS編集部