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「ルイーズ・ブルジョワ展」レポート

EXHIBITION

1997年以来27年ぶりとなるルイーズ・ブルジョワの個展「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」が森美術館でスタートしました。
六本木ヒルズのランドマークとなっている巨大な蜘蛛の彫刻をご存知の方もいらっしゃるかもしれません。あの作品を制作したのがルイーズ・ブルジョワです。彼女は70年のキャリアの中で、彫刻だけでなく絵画、ドローイング、インスタレーションなど、実に多岐にわたる作品を制作してきたアーティストです。今回の個展では100点以上もの作品が展示され、その約8割が日本初公開となります。

ルイーズ・ブルジョワ
《ママン》
1999/2002年
ブロンズ、ステンレス、大理石
9.27× 8.91 ×10.23 m
所蔵:森ビル株式会社(東京)

2023年5月にはサザビーズ・オークションで女性アーティストによる彫刻作品の最高落札額(当時)を記録するなど世界的にも高い評価を得る彼女ですが、幼少期に経験した複雑でときにトラウマ的な出来事が芸術のインスピレーションの源でした。恐怖、不安、緊張といった過去の負の感情を作品に昇華することでこの世界を生き抜いたブルジョワの、人生の証ともいえる本展の見どころをご紹介します。

第1章:「私を見捨てないで」

本展は、3つの章とそれらを繋ぐ2つのコラムで構成されています。第1章では、ルイーズ・ブルジョワと実母との関係性について紐解きます。ブルジョワ自身「親友のような関係であった」と語る母親を20歳の時に亡くした経験から、彼女は誰かに見捨てられることへの恐怖を抱くようになりました。悲しみから抜け出すことができず、自らの感情と向き合う必要性を感じ、アーティストを志しました。

母と子の関係性をテーマに作品を制作する中で、母親という存在は子を育て慈しむ一方、子を放置し傷つけることもあるという「母性」の二面性と複雑性に気がつきました。そして母と子の関係こそが将来のあらゆる関係の雛形になるという確信を得たといいます。

ルイーズ・ブルジョワ
《家出娘》
1938年頃
油彩、木炭、鉛筆、キャンバス
61×38.1 cm
撮影:Christopher Burke
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

本展の最初に登場する《家出娘》という絵画作品は、ブルジョワ初の個展で展示された作品のうちの1点です。母の死後、アメリカ人の美術史家と結婚してアメリカへ渡った頃に制作されたもので、スーツケースを手にした女性はブルジョワ自身、水平線の向こうに見える家は、彼女が残してきたフランスの家族を表現しています。描かれたブルジョワの表情には、故郷への罪悪感、新しい生活への不安などが表情に滲み出ているかのようです。

展示風景:「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」森美術館(東京)2024年
撮影:長谷川健太
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.

ルイーズ・ブルジョワ
《かまえる蜘蛛》
2003年
ブロンズ、茶色く磨かれたパティナ、ステンレス鋼
270.5×835.7×627.4 cm
撮影:Ron Amstutz
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

ブルジョワの代表的なモチーフである蜘蛛が用いられた《かまえる蜘蛛》も早速姿を見せます。ブルジョワは1990年代半ばに蜘蛛をモチーフとした大型のブロンズ彫刻の制作を始めました。蜘蛛は彼女にとって実母を象徴する大切なモチーフです。蜘蛛が吐き出す糸は巣を作る材料でありながら、敵を威嚇し獲物をとらえる道具であるという、まさに母性の複雑さを体現するものなのです。

展示風景:「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」森美術館(東京)2024年
撮影:長谷川健太
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.

「カップル」もまた彼女にとって重要なモチーフです。まさに《カップル》と名付けられた上記の作品のように、男女を表現した作品には頭部がないものが多く見られます。ブルジョワは母性の二面性を捉えたように、男らしさと女らしさは紙一重だと考えるなど、相反する要素の共存関係を探求しました。

コラム1:「堕ちた女—初期の絵画と彫刻」

このパートでは、いわゆる初期絵画に分類されるブルジョワのアメリカ渡航後約10年間で制作された作品や、代表的な彫刻シリーズなどを展示しています。初期絵画は独立した作品群として、2022年にメトロポリタン美術館で展覧会が開催されるなど、近年世界的に高く評価されています。

その中のひとつである「ファム・メゾン(女・家)」シリーズは、女性を守ると同時に内側に閉じ込めてしまう「家」という存在と女性を合体させて描いた作品です。一方で、この「ファム・メゾン(女・家)」シリーズの関連作品ともいえる《堕ちた女[ファム・メゾン(女・家)]》では、家と一体化した女性が転倒し、「堕ちる」ことで家や社会のシステムからはみ出してしまった女性を表しています。

ルイーズ・ブルジョワ
《堕ちた女[ファム・メゾン(女・家)]》
1946-1947年
油彩、リネン
35.6×91.4 cm
撮影:Christopher Burke
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

「ファム・メゾン(女・家)」シリーズは彫刻作品である《C.O.Y.O.T.E.》と合わせて、1960〜70年代のフェミニストたちに大きく支持され女性解放運動のアイコンとなりました。「COYOTE」はフェミニスト活動家の団体名です。「ファム・メゾン(女・家)」シリーズと同様に当初発表した時点での作品タイトルは実は別のものでしたが、フェミニズム運動の高まりとともに改題されました。《C.O.Y.O.T.E.》に関しては、フェミニズムを象徴するピンクに塗り直されています。そうした”再定義”によって、ブルジョワは作品が持つ意味を強調し、女性差別に対する抵抗の意思を示したのです。

ルイーズ・ブルジョワ
《C.O.Y.O.T.E.》
1947-1949年(1979年に改題、ピンクに塗装)
塗料、ブロンズ、ステンレス鋼
131.8×209.6×28.9 cm
撮影:Christopher Burke
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

第2章:「地獄から帰ってきたところ」

暗い赤色が多用されたものものしい雰囲気の作品の登場が続く第2章。ブルジョワにとって赤色は、感情の激しさを伝える色です。「地獄から帰ってきたところ」と題されたこのパートでは、不安、罪悪感、嫉妬、敵意など心の内にある葛藤や否定的な感情が作品を通して語られています。

ブルジョワは40歳の時に父親を亡くしました。深い抑うつ状態に陥った彼女は、精神分析を通じてそうした負の感情の多くが自らの父親への拒絶感に依拠するものだと気がついたのです。
インスタレーション作品《父の破壊》は、舞台を思わせるような空間に、肉片や内臓のようなオブジェが散乱しています。これはブルジョワに抑圧的だった父親の身体を食べる、というカニバリズム的な表現を試みた作品です。舞台のセットのように仕上げたのは、復讐を意図しながらも過去の経験は作り話であってほしいと願ってのことでしょうか。ブルジョワの複雑な心情が見て取れます。

《父の破壊》
1974年
アーカイバル・ポリウレタン樹脂、木、布、照明
237.8×362.3×248.6 cm
所蔵:グレンストーン美術館(米国メリーランド州ポトマック)
撮影:Ron Amstutz
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

展覧会の副題になっている「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」はハンカチに刺繍で言葉を綴った晩年の作品からの引用です。地獄を素晴らしいと表現する、ブルジョワの強靭な精神がうかがえます。彼女は自分を、二度の世界大戦や家族との死別、うつ病など数々の困難を生き抜くことができた”サバイバー”と考えていたのです。

ハンカチはすでに死別していた夫のものであり、ブルジョワは自分にとって大切な品を作品に取り入れることで、死後も残る思い出を作ることを試みました。この作品以外でも、1990年代以降に特に布を多く用いたことは、タペストリー修復工房を営んでいた母親と自分を無意識のうちに重ね合わせた証でもあります。

ルイーズ・ブルジョワ
《無題(地獄から帰ってきたところ)》
1996年
刺繍、ハンカチ
49.5×45.7 cm
撮影:Christopher Burke
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

また、この章では実際に使われていた既製品を使った作品も登場します。背丈をゆうに超える巨大なサイズが印象的な《シュレッダー》は、電線を収納するリールが、マネキンを今にも押し潰しそうな暴力的な場面を作り出しています。本作は嫉妬心や敵対心を表現しており、怒りを作品にぶつけることで自身を鎮めたとされています。

ルイーズ・ブルジョワ
《シュレッダー》
1983年
木、金属、塗料、石膏
244.2×218.4×289.6 cm
撮影:François Fernandez
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

コラム2:「無意識の風景—1960年代の彫刻」

ブルジョワは、父親の突然の死の後に本格的な精神分析を受けるようになり、その間は制作をほとんど停止していました。1960年代から徐々に復帰しますが、作品の素材や表現の方向性に変化が起こりました。これまで使用してきた木などと比較してプラスチック樹脂や石膏といった柔らかい素材を扱うようになり、また身体をモチーフとした彫刻作品の抽象性が高まって全体的に穏やかな印象を受けます。1960年代末からは、精神分析に長い間没頭した成果といえるのか、成長のきざしを思わせる表現も生まれます。

第3章:「青空の修復」

最終章ではこれまでと一転して、青色を使用した作品が多く登場します。青色はブルジョワにとって自由と解放を意味する色です。意識と無意識、母性と父性、過去と現在など常に二項対立を作品に内在させることでアンバランスな精神に安定を与え、平穏を取り戻そうとしました。大型の彫刻作品《雲と洞窟》でも淡い青色が使われ、規則的に連なる半円がまさに穏やかな心情を表しているようです。

ルイーズ・ブルジョワ
《雲と洞窟》
1982-1989年
金属、木
274.3×553.7×182.9 cm
撮影:Christopher Burke
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

青く可愛らしい木の実が印象的な《トピアリーIV》は晩年の作品で、木の幹が右脚を失った妊婦で表現されています。これは困難に遭いながらも芸術によって人生を実らせたブルジョワ自身なのかもしれません。

ルイーズ・ブルジョワ
《トピアリーIV》
1999年
鋼、布、ビーズ、木
68.6×53.3×43.2 cm
撮影:Christopher Burke
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

ブルジョワの作品は、自分の苦しい過去の体験ややるせない感情と向き合い、分析し、それを何らかの形で表現することによって、乗り越えられることを教えてくれます。ブルジョワの生きる意志の強さを目の当たりにしたら、きっとあなたも励まされるはずです。ぜひ足を運んでみてください。

開催概要

展覧会名:「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」
会期:2024.9.25(水)~ 2025.1.19(日)10:00~22:00
※会期中無休、火曜日のみ17:00まで
※ただし、10.23(水)は17:00まで、12.24(火)・12.31(火)は22:00まで
※最終入館は閉館時間の30分前まで
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
料金:[平日]一般 2,000円(1,800円)[土・日・休日]一般 2,200円(2,000円) 、子供(中学生以下)無料 他
※専用オンラインサイトでチケットを購入すると( )の料金が適用されます
※事前予約制(日時指定券)を導入しています。専用オンラインサイトから「日時指定券」をご購入ください
※専用オンラインサイトはこちら
※当日、日時指定枠に空きがある場合は、事前予約なしでご入館いただけます
※表示料金は消費税込
URLhttps://www.mori.art.museum


文・写真:AND OWNERS編集部